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東京地方裁判所 昭和53年(行ウ)34号 判決 1978年9月07日

原告 久保田穰

被告 第二東京弁護士会 綱紀委員会

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた判決

一  原告

1  被告が昭和五二年一二月二三日付でした原告を懲戒することを相当と認める旨の認定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、第二東京弁護士会に所属する弁護士である。

2  被告は、訴外目々沢マサ子からの懲戒の請求に基づき、昭和五二年一二月二三日付で原告を懲戒することを相当と認める旨の認定をし、その議決書の写は昭和五三年一月二五日ごろ原告に送付された。

3  被告のした右認定には、次のような手続的違法がある。

(一) 被告は、右認定をするにつき、懲戒請求者の提出にかかる証拠を原告に送付しなかつたから、原告はその存在を知らず、したがつてこれに対する反論の機会もないまま右認定がされた。本件のような不利益処分をする場合には処分を受ける者にすべての証拠を明らかにして反論の機会を与えるべきであるのに、これをしなかつた被告の手続は、公正を欠き違法である。

(二) 被告は、訴外目々沢マサ子からの本件懲戒請求が昭和五二年一〇月九日に取り下げられ、その後に第二東京弁護士会から新たな調査の付託がされなかつたことにより、調査の権限を失つたにもかかわらず、調査を続行し、本件の認定をしたものであるから、その手続は違法である。仮に懲戒請求の取下げがあつても調査を続行できるとしても、その場合は懲戒請求に基づかない調査であるから、改めて原告に対し自ら懲戒事由に当たると思料する事実を摘示して原告に反論の機会を与えるべきであるのにこれをしていないから、その手続は違法である。

(三) 本件の認定手続においても直接主義の原則が支配するものと考えられるところ、原告に対する事情聴取のみをとりあげてみても、議決に関与した一九名の委員中三名だけが原告に直接面接したにすぎず、他の証拠調も同様であつたものと推測されるから、その手続は違法である。

(四) 被告の調査の記録は、調査中原告の同意なくして他の者の閲覧に供してはならないのに、被告は、原告が前記目々沢を被告として提起した民事訴訟事件の被告代理人に原告の同意なく右記録を閲覧させているから、その手続は公正を欠き違法である。

(五) 原告が被告から前記のとおり事情聴取を受けた後、第二東京弁護士会の副会長二名が原告に対し、懲戒請求人である前記目々沢と原告とが和解し懲戒請求が取り下げられれば、被告の調査の結果は懲戒不相当になるとして、目々沢との和解を強く勧告したので、原告はこれに従つて目々沢と和解し、前記のとおり懲戒請求の取下げがあつたのであるから、それにもかかわらずされた本件の認定は違法である。

(六) 被告の認定は、懲戒請求人の懲戒申立書に記載のない事項をも対象としているが、これらの事項については、原告に対して調査対象となることを明らかにし、反論の機会を与えていないから、その手続は違法である。

4  以上のような違法な被告の認定により、原告は、多大な精神的苦痛を受けているばかりでなく、右認定の必然的結果として懲戒委員会の審査に付され、それに伴い、懲戒手続が結了するまで登録換え又は登録取消しの請求をすることができなくなる(弁護士法六三条。同法を以下単に「法」という。)という法律上の不利益を受けることとなるから、右認定は取消訴訟の対象となる行政処分に当たるものというべきである。

5  よつて、本件認定の取消しを求める。

二  被告の本案前の主張

1  当事者能力の欠缺

被告は法人である第二東京弁護士会の内部に設置された委員会であつて、法人格はなく、また、権利能力のない社団にも当たらないから、当事者能力がない。

2  当事者適格の欠缺

被告は、対外的に行動しうる行政主体ではないから行政庁に当たらず、当事者適格がない。

3  処分性の欠缺

弁護士を懲戒することを相当とする綱紀委員会の認定は、懲戒の請求に始まり、綱紀委員会の調査と議決(認定)、懲戒委員会の審査と議決を経て、弁護士会が行う懲戒に終わる一連の手続の中の一部を構成する行為にすぎず、それだけでは当該弁護士の権利義務に何ら変動を生じさせるものではないから、取消訴訟の対象となる行政処分に当たらない。

4  訴えの利益の欠缺

弁護士が懲戒を受けたときは、日本弁護士連合会に審査請求をし(法五九条)、これを却下若しくは棄却する裁決に対しては東京高等裁判所に取消しの訴えを提起することができる(法六二条一項)。したがつて、懲戒委員会で懲戒相当の認定がされただけで実際に懲戒を受けるかどうか明確でない段階において本件のような訴えを提起する利益はないというべきである。

理由

弁護士会は、弁護士の使命及び職務にかんがみ、その品位を保持し、弁護士事務の改善進歩を図るため、弁護士の指導、連絡及び監督に関する事務を行うことを目的とする団体であつて(法三一条一項)、弁護士は、弁護士会に所属することにより当然に、所属弁護士会の監督に服すべき地位に立つものである。そこで、弁護士会が弁護士に対して行う懲戒について法の定めるところをみると、弁護士会は、その所属の弁護士について懲戒の事由(法五六条一項)があると思料するとき又は法五八条一項に基づく他からの懲戒の請求があつたときは、弁護士会に置かれた綱紀委員会にその調査をさせなければならず(法五八条二項)、同委員会がその調査により懲戒することを相当と認めたときは、弁護士会に置かれた懲戒委員会にその審査を求めなければならず(同条三項)、懲戒は右懲戒委員会の議決に基づいて弁護士会が行う(法五六条二項)こととされている。このように、法は、弁護士に対する懲戒について、弁護士会の自律に委ねるとともに、綱紀委員会及び懲戒委員会の調査ないし審査の手続を経るべきこととして、懲戒権の行使の適正を期しているのである。

本訴は、弁護士である原告が綱紀委員会のした原告を懲戒することを相当とする旨の認定の取消しを求めるものであるが、綱紀委員会は、懲戒事由の存否の調査その他弁護士会の会員の綱紀保持に関する事項をつかさどるために設けられた弁護士会の内部機関であつて(法七〇条参照)、同委員会のする右調査及び懲戒相当の認定は、あくまでも懲戒権者たる弁護士会の意思形成過程における一つの内部的・予備的行為にすぎず(右認定を当該弁護士に通知すべき旨の規定もない。)、もとより、同委員会の右認定が次に行われる懲戒委員会や弁護士会の判断を拘束する効力をもつものではなく、また、それ自体によつて直ちに当該弁護士の権利義務に対して重大な変動を生じさせるものでもない。もつとも、綱紀委員会の右認定の結果懲戒の手続に付された弁護士は、その手続が結了するまで登録換え又は登録取消しの請求をすることができないこととなるけれども(法六三条)、これは、懲戒の手続に付された弁護士が他の弁護士会に登録換えをしあるいは登録を取り消すことによつて懲戒を免れることを防止し、懲戒制度の実効性を維持するためのやむをえない一時的措置であつて、それにより当該弁護士の被る不利益は、懲戒についての弁護士会の最終判断があるまでこれを受忍させることを著しく不相当とするような重大かつ実質的なものではないというべきである。

ところで、法によれば、所属弁護士会から懲戒を受けた弁護士は、日本弁護士連合会に行政不服審査法による審査請求をすることができ(法五九条参照)、右請求を却下若しくは棄却されたときは、日本弁護士連合会を被告として東京高等裁判所にその裁決の取消しの訴えを提起することができる(法六二条)ものとされているが、そのほかに懲戒手続を構成する個々の行為を対象として出訴することができることを認めた規定はない。このような法の規定と、前述した綱紀委員会の懲戒することを相当とする旨の認定の性格とをあわせ考えると、法は、弁護士会の懲戒権の行使に関しては、最終判断としての懲戒処分のみを争訟の対象として予定し、その前手続である綱紀委員会の右認定等については、これに対する独立の出訴を許さない建前を採用しているものと解するのが相当である。そして、このように解しても、綱紀委員会のした右認定の手続の瑕疵については、懲戒処分の取消しを求める訴訟においてこれを争う余地がないわけではないから、何ら弁護士の権利保護に欠けるところはない。

以上のとおりであつて、本件訴えは不適法というべきであるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤繁 中根勝士 佐藤久夫)

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